財団概要

沿 革

1989年07月(平成1年) 横浜市立大学医学部創立50周年記念事業実行委員会を設立
1990年07月(平成2年) 50周年記念事業募金運動を開始
1991年07月(平成3年) 横浜市立大学医学部附属病院が金沢区福浦に開院 同病院内の売店は横浜十全会が経営
1991年12月(平成3年) 50周年記念事業として財団法人を設立する発起人会を開催
1992年04月(平成4年) 神奈川県知事より財団設立の許可
1993年12月(平成5年) 第1回研究助成金を交付、以降毎年度交付
1994年10月(平成6年) 収益事業を開始
横浜十全会から南区及び金沢区の横浜市立大学附属病院内売店の経営を引継ぎ、同会に経営を委託
1997年04月(平成9年) 横浜市立大学附属病院内の売店を直営化
2000年01月(平成12年) 横浜市立大学医学部附属市民総合医療センターが南区浦舟町に開院
同病院内の1階売店を財団が経営
2000年03月(平成12年) 横浜十全会からの寄附金で医療技術研究助成の横浜十全会基金を設置
2003年03月(平成15年) 梅原清氏からの寄附金で梅原基金を設置
2011年09月(平成23年) 一般財団法人横浜総合医学振興財団に移行

事業概要

当財団は、公益事業として、医学・医療の研究や教育・研修など活動に助成しています。
また、公益事業を支援するため、収益事業として横浜市立大学附属病院(金沢区福浦)および横浜市立大学附属市民総合医療センター(南区浦舟町)の各院内で売店を経営しています。売店の売上純利益の全額が研究助成等の公益事業の財源に使われています。

Ⅰ 学術研究等助成

1 推進研究助成
故梅原清氏ご夫妻のご寄附で設立された「梅原基金」による助成です。相当の実績を有する研究をさらに推進させることを目的に助成しています。
特に臨床に応用される研究を重視しています。

2 わかば研究助成
若手研究者(40歳以下)を対象に、自らの発想で行う研究に対して助成します。

3 医療技術研究助成
横浜十全会からの寄附を財源とします。医師を除く医療従事者が行う実務的研究や業務改善の企画を対象に助成します。

4 医学・医療関連事業助成
医学・医療領域における社会的課題に対する組織立った活動を対象に助成します。

Ⅱ 学術講演会開催助成
本財団初代理事長、故三杉和章先生のご遺族からのご寄附と附属病院臨床助手会からのご寄附をもとに設立された基金による助成です。
医学・医療分野の学術講演会の開催を支援します。

Ⅲ 先導的教育事業助成
横浜市立大学の医学教育や臨床研修の質の向上に繋がる活動を助成対象とします。

Ⅳ 学生・研修医の学術活動推進支援
横浜市立大学の医学部学生や臨床研修医の自発的な学術活動など優れた取り組を対象として助成します。

啓発事業

助成を受けた研究成果を財団ホームページに掲載し、研究等報告書を発刊しております。

明治初期の横浜で開港後の医学・医療の発展に貢献し十全医院の基礎を作り上げた事で知られるデュアン・シモンズ医師に敬意を表して墓地(青山霊園)を管理しています。

ドクトル・シモンズの墓 碑文抜粋
ドクトル・シモンズは米国ニウヨルク州のひとなり、千八百五十八年に渡来し横濱に醫業を開て(中略)明治廿二年二月十九日病を以って(中略)没す。享年五十七(中略)。悲哉。親友福澤諭吉謹誌 
(荒井保男著「ドクトル・シモンズ」から転載)(中略)は財団の責任で行いました。

助成を受けた研究成果を財団ホームページに掲載し、研究等報告を発刊しております。明治初期の横浜で開港後の医学・医療の発展に貢献し十全医院の基礎を作り上げた事で知られてデュアン・シモンズ医師に敬意を表して墓地(青山霊園)を管理しています。
ドクトル・シメンズの墓 碑文抜粋
ドクトル・シモンズは米国ニウヨルク州のひとなり、千八百五十八年に渡来し横濱に醫業を開て(中略)明治廿二年二月十九日病を以って(中略)没す。享年五十七(中略)。悲哉。親友福澤諭吉謹誌 (荒井保男著「ドクトル・シモンズ」から転載)(中略)は財団の責任で行いました。

シンボルマーク

この財団のシンボルマークは、イチョウの若木を若き医学研究者として見立て、それを育むという財団の理念をイメージしたものです。
イチョウの木は、それが神奈川県と横浜市の木であること、横浜市立大学瀬戸キャンパスに並木があることなどから選ばれたものです。

この財団のシンボルマークは、イチョウの若木を若き医学研究者として、それを育むという財団の理念をイメージしたものです。
イチョウの木は、それが神奈川県と横浜市の木であること、横浜市立大学瀬戸キャンパスに並木があることなどから選ばれたものです。

組織図

組織図
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